家事も仕事も推し活も、ぜんぶ“はたらく”──Well-Workという考え方
家事や育児、趣味や推し活も、じつは全部“働きかけ”かもしれない──。
分断されてきた「仕事」と「生活」をもう一度つなぎ直す、新しい働き方=“Well-Work”という考え方について、今、あなたと一緒に考えてみたいのです。
こんにちは。家事シェア研究家の三木です。
さて、今日はちょっといま考え中のWell-Workという概念について書いてみようと思います。
取り留めもない文章になってしまうかもしれませんが、よかったらぜひ一緒に考えてみてください。

「働く」を再定義する必要があるのでは?
いま、5人のプロジェクトメンバーと共に、家事シェア白書2025を制作しています。
メンバー間では様々な議論が行われていて、改めて家事シェアとは何かを考えさせられています。
そんな中で芽生えたのが「働く」「仕事」の考え方を、自分の中でもう一度見直したいという欲求でした。
唐突ですが、これを読んでくれているあなたに、ひとつの問を投げかけてみたいと思います。
――あなたにとって、「はたらく」と「人生」はどのような関係がありますか?
ちょっと抽象的だし、簡単に答えられることでもないかもしれません。
でも、考えてみる価値のある問だと思っています。
この問いを見て、もしかしたら「はたらく」とは「ビジネス」「会社勤め」「収入を得る手段」「家督役割」など、いわゆる仕事や労働をイメージしたかもしれません。
僕は、このことに対して違和感を感じています。
「仕事」と「生活」があまりにも分断されすぎてないか?
先日、産後うつによる悲しい事件がニュースになりました。
このニュースを見て、感じたことや、社会への憤りについてもnoteに書きました。今日の話にも繋がるので、お時間あればぜひこちらもご覧ください。
この産後うつのニュースを見て、今回僕が感じたのは、当事者への悲しみよりも、SNSを通じてその周りで起こっている分断についての憤りでした。
「父親は、母親が産後うつで辛いのに、会社に行くのを呼び止めたのに何をやってたんだ!?」
「父親が仕事を休んで、会社をクビになったり減給みなったらどうするんだ!? 給料が落ちて文句を言うのは母親だろ!」
こうした分断が、巻き起こっていました。
それを見て、「ああ、なぜこんなにも、子どもを産み育てながら働くという、ただそれだけのことがこんなにも難しい社会なんだろう」と悔しい気持ちになったのです。
働けば、子どもを育てられず。子どもを育てれば、働けず。
いつからこんなにも「仕事」と「生活」はバランスを取らなくてはならない程に別々のものになってしまったんだろうか、と。
産業革命以降、分断された「仕事」と「生活」
仕事と生活が別々のこととして広まったのは、産業革命以降と推察されます。
18〜19世紀の産業革命期(イギリスが先陣)。ここで「工場は街、暮らしは家」という“職住分離”モデルが初めて大規模に成立。
日本では、明治後期(1900年前後)に輸入され、戦後の高度経済成長(1950〜70年代)でサラリーマン文化・郊外化が一気に定着。“仕事=会社、生活=自宅”という分断が日常風景になります。
この職住分離を紐解いていくと、通勤インフラが分断を拡大していることがわかります。
鉄道網が延びるほど、職場と住まいは“物理的に引き離される”設計に。都市計画のキーワード「職住分離」が19世紀イギリスで誕生し、日本の郊外開発にも輸入されました。
そして、職住分離が引き起こしたもう一つの側面が、ジェンダー役割による分断です。
産業革命が生んだ「Separate Spheres」思想(公共=男の仕事、私的=女の家事)は家庭内外をくっきり線引き。戦後の日本では「サラリーマン+専業主婦」モデルがこれをなぞります。
こうした見解への賛否は多数あると思いますが、それでも日本では戦後の高度成長期から、職住分離が広がっていき、それに伴って「仕事」と「生活」は別々のものであるという価値観が根付いていったのではないかと思います。